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京都地方裁判所 昭和63年(行ウ)2号 判決

原告 東山企業組合

被告 東山税務署長

代理人 小野木等

主文

一  被告が原告に対し、昭和六一年五月七日付けでした原告の昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日の事業年度以降の法人税の青色申告承認取消処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告の青色申告の承認に、法人税法(以下「法」という。)一二七条一項一号の「その事業年度に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が前条第一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないこと」という取消事由があるとして、被告が原告に対して昭和六一年五月七日付けでした昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日の事業年度以降の青色申告承認の取消処分(以下「本件処分」という。)に対し、原告が本件処分は右取消事由がなく違法であると主張して、本件処分の取消を求めた抗告訴訟である。

二  争いがない事実

1  原告

原告は、中小企業等協同組合法三条四号所定の企業組合であり、被告より本件処分当時、青色申告の承認を受けていた法人である。

2  本件の税務調査の経緯

被告の税務職員(以下「被告職員」という。)は、原告の昭和五六年四月一日ないし昭和五七年三月三一日、同年四月一日ないし昭和五八年三月三一日、同年四月一日ないし昭和五九年三月三一日及び同年四月一日ないし昭和六〇年三月三一日(以下「昭和五七年三月期」、「昭和五八年三月期」、「昭和五九年三月期」、「昭和六〇年三月期」という。)の各事業年度の法人税につき、次のとおり、原告の主たる事務所、原告の事業所である松見研磨材及び手塚陶苑(以下「本部」、「松見事業所」、「手塚事業所」という。)において税務調査(以下「本件調査」という。)を実施した。

(一) 第一回目 昭和六〇年一〇月二一日 本部

(二) 第二回目 同      月二二日 本部

(三) 第三回目 同      月二五日 手塚事業所

松見事業所

(四) 第四回目 同      月二九日 本部

(五) 第五回目 同   年一一月 一日 本部

(六) 第六回目 同      月 六日 本部

(七) 第七回目 同      月一九日 本部

(八) 反面調査

被告職員は、次のとおり、銀行及び取引先の反面調査を行った。

昭和六〇年一一月二一日 京都中央信用金庫東五条支店(以下「中信東五条」という。)

同      月二一日 京都銀行稲荷支店他

同      月二一日 京都銀行稲荷支店他

同      月二五日 京都銀行稲荷支店他

同      月二六日 京都銀行稲荷支店他

同      月二七日 中信東五条他

同    一二月 四日 中信東五条他

同      月 五日 中信東五条他

同      月 六日 中信東五条他

昭和六一年 一月一六日から同月一八日

昭和電工株式会社大阪支店他

(九) 第八回目 昭和六一年 二月 七日 松見事業所

(一〇) 第九回目  同 年 三月二六日 松見事業所

(一一) 第一〇回目 同 年 四月二二日 本部

(一二) 第一一回目 同 年 五月 六日 本部

3  被告は、昭和六一年五月七日付けで、原告に対し、本件処分をし、原告は、同月八日、右処分の通知書を受領した。なお、本件では、原告に対する本件処分に伴い、白色申告として更正処分がなされている(以下「本件更正処分」という。)。

4  原告は、昭和六一年七月七日、被告に対し、本件処分を不服として異議申立てを行ったが、被告は、同年一〇月六日付けで、異議申立て棄却決定を行い、その頃、異議決定書が原告に送達された。

5  原告は、昭和六一年一一月五日、被告の右異議申立て棄却決定を不服として国税不服審判所長に審査請求をした。しかし、昭和六二年二月六日をもって三か月の期間が経過したのに、右審査請求に対する裁決はなされていない。

三  争点

被告が原告に対して昭和六一年五月七日付けでした本件処分が適法であるか否か。

1  法一二七条一項一号の青色申告承認の取消事由の解釈

納税者が税務調査の過程で税務職員の帳簿書類の提示要求に対し、正当な理由がないのにこれを一切拒否し、税務職員において、帳簿書類そのものの存否を確認し得ない場合及び正当な理由がなく帳簿書類の一部を拒否し、税務職員において、その記載内容の不備、不正の有無を確認し得ない場合、法一二七条一項一号の「その事業年度に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が前条第一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないこと」という取消事由に該当するか否か。

2  原告は、被告職員の帳簿書類の提示要求を正当な理由なく拒否したか否か。

また、被告職員は、原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存(以下「備付け等」という。)が正しく行われていることやその記載内容の不備、不正の有無を確認し、又は確認し得たか否か。

3  被告は、本件訴訟において、法一二七条二項の理由附記と異なる主張をしているか否か、しているとした場合、それは許されるか否か。

また、被告の原告に対する昭和六一年五月七日付け「青色申告の承認の取消通知書」(以下「本件通知書」という。)の理由附記は、法一二七条二項に照らし、適法といえるか否か。

四  争点に関する当事者の主張

1  法一二七条一項一号の青色申告承認の取消事由の解釈(争点1)

(一) 被告の主張

青色申告制度(法一二一条)は、法人が自ら所得金額及び税額を計算して自主的に申告して納税する申告納税制度の下において、適正課税を実現するために不可欠な帳簿書類の正確な記帳を推進する目的で設けられたものである。そして、この制度は、適式に帳簿書類を備付けてこれに取引を忠実に記載し、これを保存する法人について、特別の申告書(青色申告書)により申告することを税務署長が承認するものとし、その承認を受けた事業年度以後青色申告書を提出した法人(以下「青色申告法人」という。)に対しては、推計課税を認めない等の課税手続上の特典及び各種引当金・準備金の損金算入、欠損金の繰越控除等所得ないし税額計算上の種々の特典を与えるものである。

このような青色申告制度の趣旨に照らして考えると、当該青色申告法人の帳簿書類について税務署長が法一五三条の規定に基づく税務調査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け等が正しく行われていることを確認することができた場合にのみ青色申告の承認による特典を与えるとの趣旨に出たものである。そうすると、青色申告法人が右帳簿書類の提示を一切しなかった場合はもちろん、一部その提示をしても、税務署長において帳簿書類の記載内容の不備、不正の有無を十分確認することができなかった場合にも、法一二七条一項一号の定める青色申告承認取消事由に該当するものと解するのが相当である。

けだし、右のように解しなければ、納税者が税務調査の当初において、帳簿書類の備付け等があることのみを税務職員に確認させ、又は一部の帳簿書類を提示し、その後、税務職員から帳簿書類の記載内容についての真偽を具体的に検討したいとの要求があっても、これを拒否した場合、同条一項二号、三号の青色申告承認取消事由も存しないから、納税者に過少申告の事実が十分推認される場合であっても、課税庁は納税者の青色申告の承認を取り消すことができず、したがって、また、更正処分という手続自体ができないことになり、他の誠実な納税者との課税上の公平を著しく欠く結果を生ずることになるからである。

(二) 原告の主張

(1) 法一二七条一項一号ないし三号は、青色申告承認の取消事由を定めている。同項各号は、取消事由を例示的に列挙しているのではなく、限定的に列挙しているのであるから、制限的、限定的に解釈されなければならない。

そして、同項一号は、「その事業年度に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が前条第一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行なわれていないこと」と規定しているのであるから、これは文理どおり、客観的に帳簿書類が同号所定の方法で備え付けられていないことを意味するものと解すべきである。

これを被告主張のように、青色申告法人が税務職員から法一五三条の質問検査権に基づき、法一二六条一項により備付け等を義務付けられている帳簿書類の提出を求められたのに対し、正当な理由なくこれを拒否した場合を包含すると解釈することは、拡大解釈、類推解釈の域を超え、新たな立法行為であるといわざるを得ず、妥当ではない。

(2) 仮に、被告主張のように、税務署長において納税者の帳簿書類の提示拒否により帳簿書類の備付け、記録又は保存を確認できない場合を法一二七条一項一号の取消事由に該当すると解釈しても、帳簿書類の備付け等は確認できているが、その後の帳簿書類の提示拒否により、その不備、不正の有無まで確認し得ない場合は、同項三号の取消事由に該当するものと解すべきである。

法一二七条一項三号には「その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること」と規定されている。税務署長において、帳簿書類の備付け等を確認し得ても、反面調査の結果をふまえ、同項三号の要件を確認するために帳簿書類の提示を求め、納税者が帳簿書類の提示を拒否する場合には、同項三号の要件に該当するものと推認できる。そうであるから、その場合の帳簿書類の提示拒否は、同項三号に該当すると解釈すべきであって、被告主張のようにこれを同項一号の要件に該当するものと解するのは妥当ではない。

2  原告は、被告職員の帳簿書類の提示要求を正当な理由なく拒否したか否か。

また、被告職員は、原告の右帳簿書類の備付け等が正しく行われていることやその記載内容の不備、不正の有無を確認し、又は確認し得たか否か(争点2)。

(一) 被告の主張

(1) 第一回目から第七回目までの本件調査における原告の帳簿書類の提示拒否

イ 被告職員の提示要求

被告職員は、原告の企業組合における事務の流れ、各勘定科目の内容、計上時期、資金の流れ等の概況について聞き取りを行った後、人件費等の各勘定科目ごとに帳簿書類の提示を要求した。

詳細は、別紙一―1、2のとおりである。

ロ 原告の提示拒否

(イ) 原告は、被告職員の提示要求に対し、次のものを提示した。

(人件費)

いずれも昭和六〇年三月期の事業所別月次試算表、給与支払明細書、賞与支給明細書、雑給に係る賃金台帳、各事業所の伝票綴り。

(支払家賃)

昭和六〇年三月期の賃借料台帳。

(支払利息)

本件各期の事業所別月次試算表。

(貸借対照表関係)

本件各期の財産目録のうち、脱退者清算勘定綴り、脱退者整理勘定綴り、棚卸商品勘定綴り及び仮払金勘定綴り。

(損益計算書関係)

本件各期の試算表綴り。

(松見事業所関係)

同事業所に係る本件各期の売上帳、仕入帳、期末売掛残及び買掛残明細表、並びに伝票綴りのうち現金仕入に係る出金伝票。

(ロ) しかし、原告は、被告職員に対し、帳簿書類の機械による複写を許さず、帳簿書類の提示にあたっても、提示を求められた帳簿書類の調査理由を一々尋ねた。その上、質問された事項に直接該当する部分のみを当該綴りから外して一枚ずつ提示し、あるいは帳簿書類を被告職員に手渡さず、質問した箇所に限って読み上げ、一部を抜いた帳簿書類を提示する等した。ときには、問題点が指摘されると、「当方で調べてみる。」として原始記録を提示せず、他方では、早期に調査を打ち切るよう再々要求した。このように、原告は、第一回目から七回目までの本件調査において、前記(イ)のとおり、一部の帳簿書類を被告職員に提示しているとはいえ、右の態様からすれば、これをもって帳簿書類の提示義務ないし説明義務を尽くしたものとはいえず、帳簿書類の全部を一括して提示することを拒否し、もって被告職員において全ての帳簿書類の内容を総合的に確認し得るような状態に置かなかったというべきである。

(2) 第八回目から第一一回目までの本件調査における原告の提示拒否

イ 被告職員の提示要求

被告職員は、第八回目及び第九回目の本件調査においては、松見事業所の帳簿書類一切の提示を求め、第一〇回目及び第一一回目の本件調査においては、本部の帳簿書類で松見事業所に関連するもの及び本部にある松見事業所の帳簿書類一切の提示を求めた。

詳細は、別紙一―4、5のとおりである。

ロ 原告の提示拒否

(イ) 第八回目以降の本件調査においては、原告は、電話や松見事業所及び本部への臨場による被告職員の数回に及ぶ粘り強い説得にもかかわらず、銀行及び取引先に対する反面調査を理由に本件調査に全く応じようとはせず、被告職員の帳簿書類の提示要求を一切拒否した。

(ロ) このように、原告は、第八回目ないし第一一回目までの本件調査において、反面調査のあったことを理由として一切の帳簿書類の提示を拒否し、もって被告職員において全ての帳簿書類の内容を総合的に確認し得るような状態に置かなかったというべきである。

(二) 原告の主張

(1) 被告は、第一回目から第七回目までの本件調査において原告の帳簿書類の備付け等を確認したこと

イ 第一回目から第七回目までの本件調査の経緯

原告は、用意しておいた資料に基づき、原告の経理方法を詳細に説明し、いろいろな質問にも誠実に答え、理解が得られるよう努めた。被告職員は、双方の都合を出し合いながら本件調査を進めていくという申し合わせをし、このことに合意した。このような認識と了解の上に立って、被告職員の猪島学(以下「猪島」という。)は、まず本部で見られるものから見せて欲しい旨の指示をし、原告は、指示された帳簿書類を順次提示していった。二回目以降も調査の進め方について色々な応答はあったが、被告職員から指示された帳簿書類は、倉庫から取り出した順に速やかに被告職員に提示し、確認を受けていった。特に、第五回目から第七回目には、四ないし九名の被告職員が本部に臨場し、被告職員らは、帳簿書類を会議室の机一杯に広げ、帳簿書類を自由にめくり、これを控え、集計する等黙々と調査を続けた。

ロ このように、第一回目ないし第七回目までの本件調査は、平穏に進行しており、これらの第七回目までの本件調査の全過程を総合的に判断すると、ほぼ全面的に原告の協力を得て調査が進められてきたことは明らかである。したがって、右第七回目までの調査の過程で、被告職員は、原告が大蔵省令で定めるとおりの帳簿書類の備付け等を確認したものというべきである。

ハ 本件では、原告の青色申告の承認が取り消され、白色申告として本件更正処分がなされている。右更正処分は、本人調査と反面調査による一〇〇パーセント実額課税である。これは、被告職員が本件調査を通じて実額課税ができるほど原告の協力のもとに帳簿書類の調査を行い、原告が大蔵省令で定めるとおりの帳簿書類の備付け等を確認していることを現している。

ニ 第八回目以降の本件調査において、原告が被告職員に対し、帳簿書類を結果として提示していない状況が認められるとしても、問題は、全調査過程を通じて被告が原告の帳簿書類を確認し得たか否か、あるいは確認したか否かという点にある。被告は、前記イ、ロのとおり、第七回目までの調査で、原告の帳簿書類を確認しているのであるから、本件では、もはや法一二七条一項一号の取消事由(帳簿書類の備付け、記録又は保存がなされていないこと)は存在しないというべきである。

(2) 原告は、第八回目以降の調査において調査拒否をしておらず、仮に、調査拒否に当たるとしても、それには正当な理由があること

イ 第八回目から第一一回目までの本件調査の経緯

(イ) 第八回目

調査開始時の原告と被告職員の間の当初の話し合いに反し、第八回目の調査直前に何の話も説明もなく、突然銀行に対する反面調査が開始された。そこで、原告は、被告職員に対し、被告の信義に反する行為に抗議をするとともに、反面調査を直ちに止めるよう求めた。しかし、被告職員から原告に対し、松見営業所の再調査をしたいという、反面調査以後、初めて具体的な日が指定されてきたので、原告は、これまで被告のとってきた信義に反する行為に対し、いろいろな意見や要望を申し入れてはいたが、第八回目の臨場調査に応じることとした。当日は、調査の進め方について話合いをし、帳簿書類も松見事業所へ持参し待機していた。

しかし、被告職員は、原告に松見氏以外の者は立ち退いてもらいたいと要求し、また、反面調査が原告の信用面と事業面に悪影響を与えているとの抗議に対しても、反面調査先を通知する必要はないとか、反面調査には納税者の了解を得る必要はない等の一般的な説明に終始した。そのため、この日、原告が予定し準備していた松見事業所の帳簿書類の検討を双方の間で進めることはできなかった。

(ロ) 第九回目

原告は、前回(第八回目)のような不当な扱いを被告職員から受けながらも、被告職員からの具体的な日時の申し入れに従い日程の調整をし、第九回目の臨場調査の場を設定した。原告は、重ねて被告職員に対し、反面調査のやり方に抗議したが、被告職員は、前回と同様、正当な質問検査権の行使であると述べるのみで、強引に調査を進めようとした。原告は、銀行や取引先に対する反面調査で疑問点が出たのであれば、それを具体的に指摘してもらえば、それに対応した帳簿書類を提示すると申し出ていた。この時期は、原告の決算期と重なり、繁忙期であったが、原告は、被告の年度締切りである六月末までに結論が出せるようにするとも申し出ていた。

このように、原告は、被告職員の疑問とされている点の解明に協力していきたいと申し出ているのである。この日の話合いを通じて、引き続き調査のための日が設定された。

(ハ) 第一〇回目

前記のとおり、原告は、繁忙期であるにもかかわらず、六月末までに結論が出せるように申し出ており、それは被告職員にも連絡済みであった。しかるに、原告が都合が悪く、事前に臨場を断っていたにもかかわらず、被告職員三名が突然、原告の本部へ臨場し、帳簿書類をその場で全て提示するように要求した。原告は、帳簿書類をその場で全て提示することは物理的に不可能であるから、調査に対応できないことを理由に被告職員に調査の延期を求めたが、被告職員は、原告が帳簿書類の提示を一切拒否したとして、わずか五分程度の応答で帰署した。

(ニ) 第一一回目

第一一回目の調査も、何の事前の連絡もなく、突然、被告職員三名が原告本部に臨場し、原告に対し、帳簿書類一切の提示を求めた。この日は、五月の連休明けで本部では月末から五日までの約一週間分、いわゆる五・十払い分も含めて日常業務が繁忙なときであった。そこで、原告は、帳簿書類をその場で全て提示することは物理的に不可能であるから、調査に対応できないことを理由に被告職員に調査の延期を求めた。しかし、被告職員は、原告が帳簿書類の提示を一切拒否したとして、わずか一〇分程度の応答で帰署した。

ロ 被告職員の提示要求と評価できる行為が存在しないこと

このように、第八回目以降の調査(特に、第一〇回目及び第一一回目の調査)の過程をみると、その臨場の方法、臨場の日時、被告職員がわずか三名という少ない人数であること、臨場時間が非常に短いこと、物理的に不可能な原告の帳簿書類一切の提示を要求していること等の事情が認められ、これらを総合すると、右調査は、原告の青色申告承認を取り消すための口実を固めるためだけになされたといわざるを得ず、およそ税務調査と評価できるようなものではない。

したがって、仮に、第八回目以降の調査において原告が被告職員に対し、結果として帳簿書類を提示していない状況が認められるとしても、被告職員の提示要求と評価し得る行為がない以上、右原告の行為は、提示拒否には当たらないというべきである。

ハ 原告が被告職員に帳簿書類を提示しなかったことには正当な理由があること

仮に、第八回目以降の調査において、被告職員から原告に対し、帳簿書類の提示要求行為があったと評価できるとしても、その調査は、次のとおり、違法、不当なものであるから、原告が被告の帳簿書類の提示要求に結果として応じなかった事実が認められるとしても、原告の行為には正当な理由がある。

(イ) 被告職員が違法不当な反面調査を行ったこと(第八回目、第九回目)

原告は、被告職員から指示された帳簿書類を順次提示し、第一回目から第七回目まで平穏に調査を受けてきたにもかかわらず、被告職員は、第七回目の調査の翌日(昭和六〇年一一月二〇日)、中信東五条へ、対象者も限定せず反面調査を申し入れた。そして、翌二一日、調査対象者を松見、手塚両事業所に絞って出向いている。その際、被告職員は、原告に反面調査についての事前の連絡もせず、突如取引銀行へ出向き、調査を始めた。前記のとおり、原告は、被告職員の指示に従い本件調査に全面的な協力を続けてきたのであるから、銀行に対する反面調査の必要性が生じたわけではないし、その必要性について何らの説明も受けなかった。

そうすると、右反面調査の経緯に照らせば、かかる反面調査は、法一五三条の質問検査権の趣旨を逸脱していることは明らかである。

したがって、被告職員の右不当な行動に対する抗議は正当な行為であるから、第八回目及び第九回目の調査において、右抗議のため結果として帳簿書類を被告職員に提示していない状況があったとしても、それには右のとおり、正当な理由がある。

(ロ) 被告職員が従前の慣行に反した調査をしたこと(第一〇回目、第一一回目)

原告が保存する帳簿書類は大量であり、その膨大な量の帳簿書類の全てを被告職員の面前に提示する場所はないし、また、仮に提示をしたとしても、被告職員がそれらを調査をすることは事実上、不可能である。そうであるから、従来から被告職員が必要な帳簿書類を原告に指示し、それを原告が倉庫にある膨大な量の帳簿書類の中から順次取り出して被告職員に提示して調査を進めてきたのである。原告が一度提示した帳簿書類は、机上又は被告職員の周辺に置かれており、被告職員においていつでも手にとって点検、確認することのできる状態に置かれていた。このように、原告が被告職員から指示された帳簿書類を倉庫から取り出し、被告職員がその点検、確認をするという従来からの調査に関する慣行は、原告の税務調査を速やかに行なうための合理的な方法なのである。これは、被告が一方的に要望して行なっていた方法ではなく、過去十数回に亘る税務調査の経験を通して、原、被告間で定着させてきた方法である。

しかるに、被告職員は、何らの合理的理由も示さず、第一〇回目及び第一一回目の調査において従来の調査慣行を変更し、帳簿書類の一括提示を求めてきた。かかる調査は、税務職員の裁量権を濫用する違法な調査である。したがって、原告がこれに従わないで被告職員に帳簿書類を提示しなかったとしても、それには正当な理由がある。

(ハ) 被告職員が物理的に不可能な帳簿書類の提示を求めたこと(第一〇回目、第一一回目)

被告職員は、第一〇回目及び第一一回目の調査において、原告が繁忙期であり、都合が悪く、事前に臨場を断っていたにもかかわらず、突然、原告の本部へ臨場し、帳簿書類をその場で全て見せるように要求した。

被告職員と応対できる原告本部の場所は、建物の構造上、二階会議室以外になく、従前からの調査もそこで行われている。これに対し、帳簿書類は、隣接した別棟に保存されている。しかも、多数の個人商店を構成員としている企業組合の性質上、その整理、保存すべきであるとされている帳簿書類は、大量であり、倉庫のスペースにも限界があるため、倉庫内に箱詰めにして積み上げて保存されている。そうすると、突然臨場した被告職員からその帳簿書類の全てを直ちに手にとって点検、確認ができるよう面前に提示することを求められても、原告としては、繁忙期でもあり、前記別棟倉庫から二階応対場所まで直ちに全ての帳簿書類を運び込む時間を取ってそれを行なうことは困難である。そうであるから、右被告職員の要求に応ずることは物理的に不可能である。

したがって、原告が被告職員に対し、結果として帳簿書類を提示していない状況が認められるとしても、それには、右のとおり、正当な理由がある。

(三) 被告の反論

(1) 被告は、第一回目から第七回目までの本件調査において原告の帳簿書類の備付け、記録又は保存を確認していない。

イ 原告は、被告職員は第一回目から第七回目までの本件調査において原告の帳簿書類の備付け等を確認しているから、法一二七条一項一号の取消事由は存在せず、また、本件更正処分が本人調査と反面調査による一〇〇パーセント実額課税であることはそのことの現れであると主張する。

しかし、前記のとおり、法一二七条一項一号の定める青色申告承認取消事由には、帳簿書類の提示が一切なされなかった場合はもちろん、本件のように一時期その提示があっても、被告職員において帳簿書類の記載内容の不備、不正の有無を十分確認することができなかった場合も含まれると解される。

したがって、本件において、被告職員において仮に、法の定める帳簿書類が一応備え付けられていることを確認したとしても、これのみでは不十分であることはいうまでもなく、原告の前記主張は失当である。

ロ また、原告の主張は、以下に述べるとおり、本件調査の事実関係を著しく誤認しており、失当である。

被告職員は、原告が第八回目の調査以降、被告職員に対し帳簿書類の一切の提示を拒否したため、反面調査の内容と関係帳簿書類との照合、検討が全くできず、十分に実額を把握することができなかった。そこで、被告職員は、反面調査で把握した内容を原告の経理等に関する内部規定に照らした結果、反面調査で把握した内容のうち右規定に沿わない扱いがなされていると認められる部分等につき、売上計上漏れ及び仕入れの架空計上等がなされていると推認し、その数額をもって原告の所得金額を認定した。

実額課税とは、帳簿書類等の直接資料に基づいて所得金額を認定する課税方法であるから、右のとおり、被告の行った本件更正処分の認定方法は、反面調査により把握した右規定に沿わない扱いがなされていると認められる部分が帳簿書類に記載されているか否かを原告の帳簿書類の不提示により照合できなかったために、直接資料に基づかず被告の可能な限りの推認によって原告の所得金額を認定したものであり、これが実額課税ではないことは明らかである。

(2) 原告は、第八回目以降の調査において被告職員の調査を一切拒否しており、それには正当な理由はない。

イ 違法不当な反面調査を行ったことについて

原告は、反面調査に対する抗議を正当なものであるとして主張している。

しかし、前記2(一)のとおり、原告は、第一回目から第七回目までの本件調査において、一部の帳簿書類を被告職員に提示しているとはいえ、帳簿書類の全部を一括して提示することを拒否している。そこで、被告職員は、原告の取引先や取引銀行に対する反面調査を行ったのである。また、その後の第八回目以降の調査においても、原告は、右反面調査に抗議して、被告職員の本件調査に協力しようとはしなかった。

ところで、納税者の取引先や取引銀行に対する反面調査は、納税者本人の事前の承諾を要するものではなく、また、同人に対する事前の通知及び調査理由の告知は反面調査を行う上での法律上の要件とされているものではない。それらは、税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきである。そうすると、被告職員が原告の調査拒否により反面調査を行ったのは、被告職員の合理的な裁量によるものであり、適法な質問検査権の行使であるから、原告が右反面調査があったことを理由として帳簿書類の提示を拒否することに正当な理由がないことは明白である。

ロ 被告職員が従前の慣行に反した調査をしたことについて

本件において、被告職員から原告に対し、必要な帳簿書類を特定して提示要求し、原告がこれに応じて提示する方法により税務調査が行なわれるのが一般的な慣行となっているとはいえない。仮に、そうであったとしても、それは、企業組合の場合、多数の個人商店を構成員としていることから、被告職員が具体的事案に応じてそれが便宜であると判断した結果にすぎない。そもそも、調査の方法等の質問検査権の行使方法については、税務職員の合理的な裁量に委ねられているのであるから、必要な帳簿書類を特定して提示要求する慣行となっていた調査方法を帳簿書類を一括して提示要求する方法に改めたとしても、これをもって直ちに税務職員の合理的な裁量の範囲を逸脱したものとはいえないから、原告の前記主張は失当である。

ハ 被告職員が物理的に不可能な帳簿書類の提示を求めたことについて

(イ) 企業組合における帳簿書類の保存義務

企業組合は、多数の個人商店を構成員としていることから、整理、保存すべきであるとされている帳簿書類(法一二六条一項、同法施行規則五三条ないし五九条)も、大量であることは否定できない。

しかし、税務職員は、法人税に関する調査について必要があるときは、法人に質問し、又はその帳簿書類その他の物件を検査することができ(法一五三条)、他方、当該法人は、この質問検査権に基づく調査のため税務職員から帳簿書類の提示を求められた場合には、右調査を受忍し、速やかに帳簿書類を提示し、記帳が正確であり、申告内容が正しいことを説明する義務があるというべきである。

したがって、法には帳簿書類の保存方法について特段の規定は存しないとはいうものの、少なくとも、法人には、税務職員の帳簿書類の提示要求に速やかに応じられるような状態で整理、保存する義務がある。

(ロ) 原告の調査拒否の理由

被告職員が提示を求める帳簿書類等を特定し、事前に原告に連絡していたため、第八回目の調査においては、原告は、被告職員が松見事業所の再調査を行う予定であることを知り、関係帳簿書類等を同事業所に持参して待機していた。また、第九回目の調査も、右第八回目と同様、松見事業所において行われたものであり、その際、帳簿書類の提示を求められれば、これが同事業所に関連するものであることは原告において容易に理解できた。しかし、原告は、被告職員の反面調査に抗議するのみで、本件調査に一切協力しなかった。

第一〇回目及び第一一回目の調査においては、被告職員は、いずれも松見事業所に関する反面調査の結果を帳簿書類と照合するために臨場し、原告に対し、本部の帳簿書類で松見事業所の帳簿書類の全ての提示を求めた。しかし、原告は、被告職員の反面調査に抗議するのみで、本件調査に一切協力しなかった。そうであるから、被告職員としては、原告が調査に協力する態度を示さなかったため、具体的に帳簿書類を特定して提示を求めることができなかったのである。

仮に、第一〇回目及び第一一回目の調査において原告に調査に対して協力する意思があったならば、第八回目及び第九回目の調査が松見事業所において行われる予定であったこと、その際、提示を求める書類等につき連絡を受けていたこと、第一〇回目、第一一回目の調査は第八回目及び第九回目の直後の調査であったことからすれば、むしろ、原告から積極的に帳簿書類の特定を促したはずである。それなのに、そのような趣旨の発言はなかったのであるから、原告が帳簿書類等の提示を拒んだのは、被告職員が全ての帳簿書類を直ちに提示するよう求め、必要な帳簿書類を特定しなかったためではなく、正当な質問検査権の行使としての反面調査に対して抗議をするためであったことは明らかである。

(ハ) 提示すべき帳簿書類の原告の認識

前記の本件調査の経緯に照らせば、第一〇回目及び第一一回目において、被告職員が帳簿書類の一括提示を求めたとしても、その帳簿書類が松見事業所に関するものであることは原告において容易に認識できたはずである。

(ニ) したがって、原告は、被告職員から帳簿書類の一括提示を求められ、それに物理的に応ずることが不可能であるから、これを拒否したのではないし、また、原告において提示を求められている帳簿書類の範囲を認識することも可能であったのだから、原告の前記主張は失当である。

3  本件処分の理由附記の拘束力、理由附記の違法(争点3)

(一) 被告の主張

(1) 理由附記と異なる主張

法一二七条二項の理由附記と異なる主張を本訴において主張することは原則としてできない。被告も、以下のとおり、本件通知書に附記した理由と異なる理由を本訴において主張するものではない。

被告の原告に対する本件調査は、昭和五七年三月期、昭和五八年三月期、昭和五九年三月期、昭和六〇年三月期の各事業年度の法人税に関するものであった。そして、原告からは昭和五七年三月期の事業年度の帳簿書類についても正当な理由なく提示を受けられなかったのであるが、右事業年度分については更正処分の除斥期間が経過していたこともあって、青色申告の承認の取消し理由とはせず、右取消事業年度には加えなかった。そのため、本件通知書には、調査期間に昭和五七年三月期を加えず、「自昭和五七年四月一日至昭和五八年三月三一日の事業年度から自昭和五九年四月一日至昭和六〇年三月三一日の事業年度」と記載したのである。

したがって、昭和五七年三月期の帳簿書類の提示に関する主張は、本件調査の状況を述べた事情にすぎず、被告は、本件通知書に附記した理由と異なる理由を本訴において主張するものではない。

(2) 理由附記の程度

青色申告の承認の取消処分の通知書には、取消処分の基因となった事実が法一二七条一項各号のいずれに該当するかを附記するとともに、右基因事実自体についても処分の相手方が具体的に知り得る程度に特定して摘示する必要がある。

ところで、本件通知書には、法一二六条一項の規定の趣旨とその趣旨を前提に本件処分の基因となった事実が記載されている。そして、右本件処分の基因となった事実として、「昭和六〇年一一月一九日までの間においては、事業内容に関する一部の帳簿書類の提示はありましたが、その他の帳簿書類等については、全く提示がなく、また、その後の調査においても、再三再四にわたって、帳簿書類等の提示を求めたところ、……旨の主張を繰り返すのみで、五八年三月期以降の事業に関する一切の帳簿書類等を提示されませんでした。このため調査担当者は貴企業組合の青色申告に係る帳簿書類の内容等の確認をすることができませんでした。」と記載されており、原告の帳簿書類の提示拒否によって被告職員である調査担当者が青色申告に係る帳簿書類の内容等を確認することができなかったという点を具体的に特定して摘示している。したがって、本件通知書の理由附記には何ら不備、違法な点はない。

(二) 原告の主張

(1) 理由附記と異なる主張

被告は、本件調査は当初、昭和五七年三月期から昭和六〇年三月期までの予定であったと主張する。

しかし、本件通知書の取消処分の基因となった事実の理由には、「ところで、貴企業組合の自昭和五七年四月一日至昭和五八年三月三一日事業年度(以下「五八年三月期」といいます。)分から自昭和五九年四月一日至昭和六〇年三月三一日事業年度分の法人税の調査のため……」と明らかに調査期間が昭和五八年三月期ないし昭和六〇年三月期の三か年分であったと記載されている。

このように、本件通知書に調査期間が明示され、かつ、青色申告の承認の取消処分の開始日や本件更正処分がともに昭和五八年三月期分よりなされているのに、被告が本訴において当初から帳簿書類等の調査対象期間が昭和五七年三月期からであったと右と異なる主張をすることは、処分理由の追加(差し替え)に当たり、許されない。

(2) 理由附記の程度

被告は、本件通知書に取消しの理由附記として、原告が被告職員の帳簿提出要求を拒否し、帳簿書類等を提示しなかったことを記載している。

しかし、本件では、原告は、第一回目から第七回目までの調査において、被告の求めに応じて帳簿書類等を提示し、質問に誠実に対応している。また、第八回目以降の調査においても、原告は、帳簿書類の提示を拒否したり、調査そのものを拒否する行動に出たことはない。したがって、本件では、被告は、少なくとも第一回目から第七回目までの帳簿書類の提示や被告職員の調査では、原告において帳簿書類の備付け、記録、又は保存が大蔵省令で定めるところに従って行われていることが確認できなかった、あるいは、大蔵省令で定めるところに従って行われていなかったことの具体的な事実を摘示して理由附記をすべきである。

しかも、本件では、前記のとおり、被告職員は、少なくとも、本件調査の全過程を通じて原告に帳簿書類の備付け等が大蔵省令の定めに従って行われていることを確認している。

したがって、被告の理由附記は、それ自体が不備であるばかりか、その適用すべき法一二七条一項一号の解釈を誤っており、違法である。

第三争点に対する判断

一  法一二七条一項一号の青色申告の承認取消事由の解釈(争点1)

1  税務職員の帳簿書類の提示要求に対し、納税者が正当な理由がないのにこれを一切拒否し、税務職員において、帳簿書類そのものの存否を確認し得ない場合及び正当な理由がなく帳簿書類の一部を拒否し、税務職員において、その記載内容の不備、不正の有無を確認し得ない場合、法一二七条一項一号の青色申告承認の取消事由に該当するか否かを検討する。

(一) そもそも、青色申告制度(法一二一条)は、法人が自ら所得金額及び税額を計算して自主的に申告して納税する申告納税制度の下において、適正課税を実現するために不可欠な帳簿書類の正確な記帳を推進する目的で設けられたものである。そして、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する法人について特別の申告書(青色申告書)により申告することを税務署長が承認するものとし、その承認を受けた事業年度以後青色申告書を提出した青色申告法人に対しては、各種引当金・準備金の損金算入、欠損金の繰越控除等所得ないし税額計算上の特典の他、次のような課税手続上の特典が与えられている(所得税法につき、最判昭六二・一〇・三〇税務訴訟資料一六〇号五四二頁参照)。

(1) 税務署長は、青色申告書に係る法人税の課税標準又は欠損金額の更正をする場合には、その青色申告法人の帳簿書類を調査し、その調査により当該課税標準又は欠損金額の計算に誤りがあると認められる場合に限り、これをすることができ(法一三〇条一項)、かつ、その場合にはその更正通知書にその更正の理由を附記しなければならない(同条二項)。

(2) 税務署長は、青色申告書に係る法人税の課税標準又は欠損金額の更正をする場合には、課税標準又は欠損金額を推計してこれをすることができない。(法一三一条)。

(二) しかし、その反面、青色申告法人には、右青色申告制度の前提となる帳簿書類の正確性を担保するため、その帳簿書類につき次のような規定が置かれている。

(1) 青色申告法人は、大蔵省令で定めるところにより、帳簿書類を備え付けてこれにその取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存する義務がある(法一二六条一項)。青色申告法人がこの義務に違反した場合には、税務署長は、その青色申告承認を取り消すことができる(法一二七条一項一号)。

(2) 税務署長は、必要があると認めたときは、青色申告法人に対し、右帳簿書類について必要な指示をすることができ(法一二六条二項)、青色申告法人がこの指示に従わなかった場合には、税務署長は、その青色申告承認を取り消すことができる(法一二七条一項二号)。

(3) 青色申告法人の帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足りる相当な理由がある場合には、税務署長は、その青色申告承認を取り消すことができる(法一二七条一項三号)。

(4) 法一五三条一項は、税務署長等は、法人税に関する調査について必要があるときは、青色申告法人を含む法人に質問し、又はその帳簿書類その他の物件を検査することができると規定する。この検査権は、税務署長が更正又は決定をするためばかりでなく、右の青色申告承認の取消し等の処分をする場合の調査のためにも行使し得るものであって、それが適法な検査である限り、帳簿書類の提示その他の検査に応ずる義務があるというべきである(所得税法につき、最判昭四八・七・一〇刑集二七巻七号二〇五頁参照)。

(三) 右(一)、(二)の各規定を総合すれば、法一二七条一項一号が「その事業年度に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が前条第一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないこと」を青色申告承認の取消事由としている趣旨は、青色申告法人の帳簿書類について税務署長が法一五三条の規定に基づく調査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け等が大蔵省令に従って正しく行われていること及び帳簿書類の記載内容の不備、不正の有無を確認することができた場合にのみ前記の青色申告の承認による特典を与えるとの点にあると解すべきである。

けだし、青色申告法人が税務職員の帳簿書類の提示を正当な理由なく拒否した場合、もし、法一二七条一項一号に該当しないとすれば、この場合においては、同項二号、三号にも該当しないから、結局、税務署長は、帳簿書類を調査していないし、しかも、青色申告の承認を取り消すことができず、したがって、また、課税標準又は欠損金額を推計することもできないから、法律上、更正処分をすることができないことになって(法一三〇条一項、一三一条)、他の誠実な納税者との課税上の公平を著しく欠く結果を生ずることになるからである。

例えば、納税者が、税務調査の当初において、一部の帳簿書類のみを提示し、帳簿書類の備付け等が大蔵省令に従ってなされていることを税務職員に確認させたが、その後、税務職員からの帳簿書類の記載内容の不備、不正の有無についての調査要求を拒否した場合、税務職員は、帳簿書類が法令に従って備え付けられていることを確認しているのみであって、帳簿書類の随所に脱洩や過誤がある等帳簿書類全体が信頼性に欠けることまでを確認していないのであるから、税務署長は、右調査拒否を理由に法一二七条一項三号の「その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由がある」場合に当たるものとして、青色申告の承認を取り消すことはできない。他方、右場合に法一二七条一項一号によっても、税務署長が青色申告の承認を取り消すことができないとすれば、前記の帳簿書類の一切の提示拒否の場合と同様、法律上、更正処分をすることのできない不合理な結果を生ずることになるからである。

したがって、青色申告法人が帳簿書類の提示を一切拒否した場合のみならず、一部の帳簿書類を提示しても、税務署長において帳簿書類の記載内容の不備、不正の有無を十分確認することができなかった場合にも、法一二七条一項一号の定める青色承認取消事由に該当するものと解するのが相当である。

2  原告の主張の検討

(一) これに対し、原告は、法一二七条一項一号ないし三号は、青色申告承認の取消事由を限定的に列挙しているのであるから、同項一号の規定は、文理どおり、客観的に帳簿書類等が同号所定の方法で備え付けられていないことを意味するのであって、これに納税者の調査拒否をも包含すると解釈することは、新たな立法行為であると主張する。

しかし、右解釈は、調査拒否自体を「備付け」、「記録」又は「保存」の違反と並ぶ別個独立の取消事由とするものではなく、右調査拒否の結果として帳簿書類の「備付け」、「記録」又は「保存」が正しく行われていること及び帳簿書類の記載内容の不備、不正の有無を税務署長において処分時に確認し得ないことになるから、これを以て「備付け」、「記録」又は「保存」を欠くと法的に評価するにすぎないものである。

したがって、右解釈は、法一三〇条一項及び一三一条との関係から合理的に導かれる文理解釈の範囲内のものであるから、右解釈が法の規定していない取消事由を創設し、新たな立法行為になるとの原告の主張は失当である。

(二) また、原告は、税務職員において、帳簿書類の備付け等の確認はできているが、その後の帳簿書類の提示拒否により、その不備、不正の有無まで確認し得ない場合は、右提示拒否の事実から法一二七条一項三号の取消事由の存在が推認されるから、同項一号ではなく、同項三号の取消事由に該当すると主張する。

しかし、法一二七条一項一号は、備付け帳簿書類の種類、その記載項目、記載方法等の瑕疵という、いわば外観的にその帳簿書類が青色申告の基礎として適応性を欠くことを理由として青色申告の承認を取り消す場合であり、同項三号は、備付け帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実記載の存在という、いわば内容的にその帳簿書類が同様の適応性を欠くことを理由として青色申告承認を取り消す場合である(最判昭四二・四・二一裁判集民事八七号二三七頁参照)。

したがって、同項三号により青色申告の承認の取消しを行う場合には、右のとおり、帳簿書類に内容的な不備、不正がある場合に限られるから、納税者の帳簿書類の提示拒否によって、税務職員がその内容を確認することができず、帳簿書類に内容的な不備、不正があるのか否かを判断することができない場合においては、同項三号による青色申告の承認の取消しはできないと解すべきである。よって、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、青色申告法人の帳簿書類の提示拒否の事実から、法一二七条一項三号の取消事由の存在が推認されると主張する。

しかし、帳簿書類が法令に従って備え付けられ、かつ、その記載も正確であるが、税務調査に来た税務職員に対してはその帳簿書類の提示を拒否するという事態も十分考えられるのであるから、帳簿書類の提示拒否があった場合、帳簿書類の記載事項全体について信頼性、正確性に欠けるものであるとの経験則を一般的に認めることは困難である。よって、原告の右主張も採用できない。

二  原告は、被告職員の帳簿書類の提示要求を正当な理由なく拒否したか否か。

また、被告職員は、原告の右帳簿書類の備付け等が正しく行われていることやその記載内容の不備、不正の有無を確認し、又は確認し得たか否か(争点2)。

1  事実の認定(本件調査の経緯)

証拠、弁論の全趣旨、前記第二の二の争いがない事実によれば、次の各事実が認められる。

(一) 第一回目から第七回目の調査

(1) 第一回目

第一回目の調査は、昭和六〇年一〇月二一日、被告職員数名が本部に臨場して行われた(争いがない)。被告職員は、その際、原告の経理を中心にそれを統括する仕事をしていた原告職員数名と応対した〈証拠略〉。被告職員は、原告職員に事務の流れや企業組合と事務所間の資金の流れ等について質問し、原告職員から、その説明を受け、総勘定試算表集約表(B四版のコピー一枚)の提出を受けた〈証拠略〉。また、被告職員は、原告職員に各勘定科目の内容につき質問した後、被告職員の方で指示した月別の総勘定試算表、人件費に関するコンピュータのアウトプット資料、雑給台帳等の提示を受けた〈証拠略〉。

(2) 第二回目

第二回目の調査は、翌日の昭和六〇年一〇月二二日、被告職員が本部に臨場して行われた(争いがない)。

被告職員は、原告職員から前日に提示を受けた帳簿書類の他、家賃台帳の提示を受けた〈証拠略〉。雑給の明細について質問したところ、その綴りの一部を何枚か外して持ってきて提示を受けた〈証拠略〉。

(3) 第三回目

第三回目の調査は、昭和六〇年一〇月二五日、手塚事業所と松見事業所の二箇所に臨場して行われた(争いがない)。その際、手塚事業所においては、本部の原告職員の立会いがあり、被告職員は、原告職員からなぜ三〇〇余もある原告の事業所から手塚事業所を調査対象として選んだのか、その理由を開示するように求められた。また、資料の開示、調査日程の限定等の申出を受けた〈証拠略〉。

猪島は、手塚事業所に臨場した職員から同事業所においては、事業所単独の帳簿書類というものはなかったとの報告を受けた〈証拠略〉。そして、松見事業所では、被告職員は、売掛帳、買掛帳、売掛金明細帳、買掛金明細帳の提示を受けたが、帳簿書類を預かりたいとか、コピーをしたいという申出は、原告職員から断られた〈証拠略〉。

(4) 第四回目

第四回目の調査は、昭和六〇年一〇月二九日、本部に臨場してなされた(争いがない)。被告職員は、若干の帳簿書類の提示を受けた〈証拠略〉。具体的には、総勘定元帳、総勘定試算表、事業所別試算表等である〈証拠略〉。ただし、山科支所の試算表につき、一部提示がなかった〈証拠略〉。

(5) 第五回目

第五回目の調査は、昭和六〇年一一月一日、本部に臨場してなされ、引き続き帳簿書類の提示を受けて調査がなされた(争いがない)。具体的には、松見事業所分は、昭和五七年、昭和五八年、昭和五九年の各年度の売掛帳、買掛帳、試算表綴、手塚事業所分は、棚卸表等であった〈証拠略〉。

(6) 第六回目

第六回目の調査は、昭和六〇年一一月六日、本部に臨場してなされた(争いがない)。被告職員は、若干の帳簿書類の提示を受け、引き続き調査が行われた〈証拠略〉。具体的には、松見事業所分は、昭和五七年、昭和五八年、昭和五九年の各年度の売掛帳、買掛帳、手塚事業所分は、売上関係、雑給関係の書類等であった〈証拠略〉。

他方、原告から、調査のために仕事が遅延している旨の抗議があり、調査は本日限りでもう終わるべきだとの発言があった〈証拠略〉。

(7) 第七回目

第七回目の調査は、昭和六〇年一一月一九日、本部に臨場してなされた(争いがない)。被告職員は、原告から松見事業所分につき、昭和五七年、昭和五八年、昭和五九年の各年度の売掛帳、買掛帳、領収書綴を、手塚事業所分につき、雑給関係の書類の提示を受けた〈証拠略〉。

(8) 取引先及び取引銀行に対する反面調査

被告職員は、本件調査において、前記第二の二の争いがない事実のとおり、銀行及び取引先の反面調査を行った。

昭和六〇年一一月二一日、被告職員が中信東五条に臨場し、調査を開始したところ、原告職員の大塚正三(以下「大塚」という。)が来店し、同人から納税者の了解もなしに反面調査をすることにつき、抗議があり、立会いを求めるとの発言があった〈証拠略〉。

以上のとおり、認められる。

(二) 被告の主張及びこれに沿う証人猪島の証言の検討

(1) 右の第一回目から第七回目までの本件調査の経緯につき、被告は、原告が帳簿書類の全部を一括して提示することを拒否したと主張し、これに沿う次の証人猪島の証言を援用している。

イ 第一回目、第二回目

(イ) 第一回目、第二回目の調査で原告から提示を受けた帳簿書類によって所得金額の実額を算定することはできなかった〈証拠略〉。

(ロ) 右二回の調査の帳簿書類の提示の状況は、例えば、人件費については、膨大な量の帳簿書類を全部ではなく、一部しか提出を受けることができず、しかも、それにはトータルが入っていなかったので、事業所別にトータルを置いて計算せざるを得ず、その金額が妥当かどうかにつきかなり時間を費やした〈証拠略〉。膨大な資料を丸投げにされて自分たちで集計しなければならなかった〈証拠略〉。

(ハ) 各事業所ごとの試算表について不審点を持った事業所の帳簿書類の提出を要求しても、一部ずつ出してきて、一度には全ての帳簿書類の提出を受けることはできなかった〈証拠略〉。

(ニ) 雑給の明細について質問したところ、その綴りを見たかったのに、その綴りから何枚かをわざわざ外して持って来た〈証拠略〉。

(ホ) 帳簿書類の提示を求めると、全てのことについて調査理由の開示を求められ、必ずその理由を問われた。そこで、調査をスムーズに進めるために理由を説明したが、能率が上がったとはいえなかった〈証拠略〉。

ロ 第三回目

手塚事業所には、事業所単独の帳簿書類はなかったとの報告を受けていた〈証拠略〉。立会っていた大塚から、事業所の調査は本日一日で終わるべき旨の発言があった〈証拠略〉。また、帳簿書類を預かりたいとか、コピーをしたいという申出も断られた〈証拠略〉。

ハ 第四回目

第四回目の調査において、提示を求めたのに提示を受けることができなかった帳簿書類は、山科支所のほか、担当者別にA、B、Cの符号を打っていたもののうち、担当者Kのものであったと思われる〈証拠略〉。

ニ 第五回目

第五回目の調査は、昭和六〇年一一月一日、本部でなされたが、一〇月二五日の事業所の調査の際に見た買掛帳の中にあった書類が、次回本部で見た時には一部欠落していた旨の報告があった〈証拠略〉。

本件調査は、当初は、昭和五七年三月期から昭和六〇年三月期までの予定であったが、実際の調査は、昭和五八年三月期から昭和六〇年三月期までの三年間しか協力が得られなかったものであり、今回の臨場の時にも、昭和五七年三月期の松見事業所に係る帳簿書類については、開くだけで提示は受けられなかった旨の説明が松見事業所に臨場した職員からあった〈証拠略〉。

ホ 第六回目

原告から、調査のために仕事が遅延している旨の抗議があり、調査は本日限りでもう終わるべきだとの発言があった〈証拠略〉。

ヘ 第七回目

買掛帳の中で欠落していた部分を前回(第六回目)に提示を受けることができなかったので、今回、それを確認するために臨場した。しかし、三期分は結局、提示を受けることができなかったと報告を受けている〈証拠略〉。

(2) しかし、他方、証拠、弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

イ 第二回目

(イ) 原告の保存している各帳簿書類には、その末尾に合計欄があり、事業所別(一事業所複数ページを要する場合には当該事業所が終了するページ)に合計が印字されている〈証拠略〉。

(ロ) 猪島は、帳簿書類のトータルにつき、その求め方がまずかったのかもわからないことを認め〈証拠略〉、それは調査のやりかたの問題であるとも証言し〈証拠略〉、臨場現場で原告に右トータルについての質問をしたり、その提示を要求したりしなかった。また、同人は、後からトータルの入った帳簿書類の提示を要求した〈証拠略〉。

(ハ) 猪島は、調査開始初日に行った原告の経理処理方法の説明を通して原告の帳簿書類が膨大な量であることの認識があった〈証拠略〉。そこで、猪島は、まず、財産目録の提示を求め、本件調査が開始された〈証拠略〉。猪島が提示を求めていた雑給の支払表の綴りは、一つの勘定科目にすぎず、しかも、限られた月のものにすぎない(弁論の全趣旨)。

(ニ) 原告の企業組合には、三〇〇余の事業所があり、それらの事業所の帳簿書類は各事業所及び本部の倉庫においてそれぞれ保存されている。本部に保存されている本件係争年度に関する帳簿書類は、ダンボール箱に約一〇〇個から一五〇個ほどの量になる〈証拠略〉。

(ホ) 猪島は、雑給関係の綴り全部を見たいという意思を持っていたが、実際に原告にした提示要求は、事業所を特定してその提示を求めただけであって元の綴りの全部の提示を要求したのではなかった〈証拠略〉。

(ヘ) 猪島は、原告からの調査理由の開示要求に対し、この程度の行為は止むを得ないと思っていたし、本件調査を進めにくいとは特に感じてはいなかった〈証拠略〉。

(ト) これらの事実からすれば、次のように認められる。

〈1〉 指示を受けた帳簿書類にトータルが入っていなかったのであれば、それが入っている帳簿書類の提示、又はその説明を求めれば足りるのであるから、トータルの入った帳簿書類の提示を受けることができなかった原因は、猪島の原告に対する質問の仕方が不十分だったことにもある。

〈2〉 原告の帳簿書類の一部が提出されていなかったとしても、本部に保存されている帳簿書類の量の多さからみて、それを一度に提出することは困難であった。

〈3〉 原告が雑給関係の書類を何枚か外してもってきたとしても、猪島は、元の綴り全体の提示を求めていないのであるから、これをもって提示拒否とはいえない。また、猪島が雑給関係の綴りを見たいのであれば、そのような指示、質問をすれば足りるのにそれをしていないのは、その指示が不十分だったと認められる。

〈4〉 原告が猪島らの被告職員に調査理由を尋ねること自体、調査進行に何の支障も与えていなかった。そうであるから、原告の理由開示要求自体を不当ということはできない。

ロ 第三回目

(イ) 猪島は、原告の企業組合における帳簿書類の保存方法につき、第一回目の臨場の際、原告職員から詳しく説明を受け、この説明によって、帳簿書類の保存方法や事務処理の流れにつき概ね理解していた〈証拠略〉。

(ロ) 猪島は、帳簿書類を預かったり、コピーをしたいとの申出の拒否があったのか否か、明確に証言していない〈証拠略〉。

(ハ) これらの事実からすると、前記(2)イ(ニ)の企業組合の特殊性を考えれば、原告が第三回目の臨場の際、調査対象、資料の開示、調査日程等につき、質問をし、その理由の開示を求め、又は、早期に調査を打ち切るべき旨の発言をしたとしても、そのこと自体が不当とはいえない。また、猪島は、企業組合における帳簿書類の保存方法につき、第一回目の臨場の際、原告職員から詳しく説明を受け、概ね理解していたのであるから、事業所の帳簿書類が本部において保存されていることも認識していたはずであり、したがって、第三回目に臨場した手塚事業所において同事業所関連の帳簿書類の提示を受けることができなかったとしても、それは提示拒否には当たらないというべきである。

そして、松見事業所では、帳簿を預かったり、コピーをしたいとの申出を拒否されているが、被告職員に対し、帳簿書類を提示する義務が原告にあるとしても、それらの書類を被告職員に預託したり、コピーをさせたりする義務まで当然には認められないから、これを原告から拒否されたからといって、そのことが直ちに調査非協力の事由にあたるとみることはできない。

ハ 第四回目

A、B、Cの符号は、事業所の符号であって、担当者の符号ではない〈証拠略〉。山科支所の営業記号はKである。山科支所の帳簿書類は、山科で保存されている〈証拠略〉。そうすると、山科支所で保存されている帳簿書類であれば、本部の臨場の際、提示することは物理的に困難である。また、本部で保存されている山科支所に関する帳簿書類であれば、前記のとおり、その量の多さからみて、これを一度に提出することも物理的に困難である。そして、山科支所の帳簿書類のほか、担当者Kの帳簿書類も欠けていたとの猪島の証言は、同人の前記符号に関する誤解に基づくものと推認できる。

ニ 第五回目

(イ) 猪島が第五回目の調査において、次回、本部で見たときには、一部帳簿書類が欠落していたとするのは、第三回目に松見事業所に臨場した職員が仕入帳にあった記載が本部に臨場した際には、本部の帳簿にその記載がなかったという趣旨である〈証拠略〉。

(ロ) 本件通知書には、「貴法人の青色申告の承認は、次の事実が法人税法一二七条第一項第一号に該当するので、自昭和五七年四月一日至五八年三月三一日事業年度以後これを取り消したから通知します」との記載があり、取消処分の基因となった事実には、「ところで、貴企業組合の自昭和五七年四月一日至昭和五八年三月三一日事業年度(以下「五八年三月期」といいます。)分から自昭和五九年四月一日至昭和六〇年三月三一日事業年度分の法人税の調査のため」との記載がある〈証拠略〉。

(ハ) これらの事実からすると、右(イ)の仕入帳に記載が欠けていたというのは、帳簿書類不提示の問題ではない。また、本件調査の対象年限が昭和五七年三月期から昭和六〇年三月期までであるとする猪島の証言については、これに沿う証人大塚の証言〈証拠略〉があるが、右大塚の証言も、四期分を調査予定にしていたことを明確に認めるものではなく、また、本件通知書の前記(ロ)の記載に照らし、被告職員が原告に第四回目の調査の際、四期分の調査であることを伝えたとの事実を認めることはできない。

したがって、第五回目の調査において、昭和五七年三月期の松見事業所に係る帳簿書類について原告の協力が得られなかったとの事実を認めるに足りない。

ホ 第七回目

第六回目の調査(前回)において、買掛帳の中で欠落していたとされる帳簿書類が被告において特定されていない(弁論の全趣旨)。

(3) 右イないしホの各事実に加え、〈証拠略〉(いずれも、中西弘作成の質問調書)の各末尾の「上記質問事項について大塚企業組合参事に対し、事実の相違があると困るので読み上げたうえ署名捺印を求めたが、これを拒否したので署名捺印は徴せなかった。」〈証拠略〉、「上記の質問事項に対し、大塚正三に署名捺印を求めたが一喝して、これを拒否したので署名捺印は取れなかった。」〈証拠略〉との記載が虚偽の事実であること〈証拠略〉をも考慮すれば、前記被告主張に沿う猪島の各証言をたやすく信用することはできない。また、前記猪島の証言から認められる事実をもってしても、前記1(事実の認定)を覆すに足りない。その他、右認定(事実の認定)を覆すに足る的確な証拠がない。

(三) 第八回目から第一一回目までの調査

(1) 第八回目

第八回目の調査は、昭和六一年二月七日、前記1(一)(8)の反面調査の結果と帳簿書類を再度確認するため、松見事業所へ臨場して行われた(争いがない)。右調査においては、原告は、被告職員が松見事業所の再調査を行う予定であることを知り、関係帳簿書類等を同事業所に持参して待機していた〈証拠略〉。これは、被告職員が予め、提示を求める書類等を特定し、事前に原告に連絡していたためである〈証拠略〉。しかし、この日は、原告から、反面調査に対する抗議があり、被告職員は、結局、帳簿書類の提示を受けることができなかった〈証拠略〉。

(2) 第九回目

第九回目の調査は、昭和六一年三月二六日、松見事業所に臨場して行われた(争いがない)。前回(第八回目)の臨場時と同様、原告から反面調査に対する抗議があった。猪島は、松見事業所の預金関係につき検討したいので、伝票との照合をするために松見事業所の伝票を提示するよう求めた〈証拠略〉。しかし、結局、帳簿書類の提示を受けることはできなかった〈証拠略〉。そして、この時、臨場した被告職員の一人である中西統括官から、このまま、帳簿書類の提示がなければ、帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われていないとして青色申告承認の取消しの対象となる旨の発言があった〈証拠略〉。

(3) 第一〇回目

第一〇回目は、昭和六一年四月二二日、本部へ臨場して行われた(争いがない)。被告職員は、原告に対し、「今日は本部及び松見事業所の取引に関する諸帳簿について調査に来ました。帳簿とその基となった原始記録等のすべてを提示して下さい。」と帳簿書類の提示を求めた〈証拠略〉。原告は、被告職員の臨場に対し、玄関先で応対したが、四月、五月は申告のための決算で繁忙期でもあるため、調査の延期を求めた。ところが、被告職員は、五分程度の臨場で帰署した〈証拠略〉。

(4) 第一一回目

第一一回目は、昭和六一年五月六日、本部へ臨場して行われた(争いがない)。被告職員は、原告に対し、「本日は本部の帳簿類及び松見良進事業所の関係帳簿のすべてについて元点に戻って、一から調査するため来ました。税務署の指示に従い本部及び松見氏の売、仕入費用、個人預金等について今すぐ、すべて提示して下さい。」と帳簿書類の提示を求めた〈証拠略〉。しかし、原告は、被告職員の臨場に対し、玄関先で応対し、この時期は申告のための決算や五月の連休明けでもあり、原告の繁忙期であることを説明して調査の延期を求めた〈証拠略〉。被告職員は、一〇分程度の臨場で帰署した〈証拠略〉。翌日の五月七日、被告は、原告に対し、本件処分をした(争いがない)。

以上のように認められる。

(四) 被告の主張及びこれに沿う証人猪島の証言の検討

(1) 被告は、原告は第八回目以降の調査において、被告職員の数回に及ぶ粘り強い説得にもかかわらず、取引先に対する反面調査を理由に調査に全く応じようとはせず、被告職員の帳簿書類の提示要求を完全に拒否したと主張する。そして、これに沿う証人猪島の次の証言を援用している。

イ 第八回目

第八回目の調査において、原告から反面調査により信用を失墜した旨の抗議があり、謝罪に回らない限りは一切調査に協力しない、また、帳簿書類も見せる気がないという発言があった〈証拠略〉。そのため、結局、帳簿書類の提示は一切なかった〈証拠略〉。

ロ 第九回目

第九回目の調査においても、前回(第八回目)同様、反面調査により信用を失墜した旨の抗議があり、謝罪しなければ一切調査にも協力しないし、帳簿書類も見せる気はないという発言があった〈証拠略〉。そのため、帳簿書類の提示は一切なかった〈証拠略〉。

ハ 第一〇回目

第一〇回目の調査において、帳簿書類の提示を求めたところ、一切協力できない旨の発言があり、見せて欲しい、いや、見せないという押問答があり、結局、玄関先で帰った〈証拠略〉。そのため、結局、帳簿書類の提示は受けられなかった〈証拠略〉。

ニ 第一一回目

第一一回目の調査も、前回(第一〇回目)同様、原告職員と押問答となり、玄関払いとなった。そのため、結局、帳簿書類の提示は何ら受けることはできなかった〈証拠略〉。

(2) しかし、他方〈証拠略〉によれば、次の各事実が認められる。

イ なるほど、被告職員が昭和六〇年一一月二一日、中信東五条に対する反面調査を実施した際、大塚は、税務署が何の通知もなしに突然金融機関に反面調査に行ったことに対し、抗議するため、中信東五条に臨場している〈証拠略〉。そして、その後、被告職員の第八回目の調査以降は、結果として帳簿書類の提示はなかった〈証拠略〉。これらからすると、原告が第八回目以降の調査において、被告に帳簿書類を提示しなかった一つの理由に原告の承諾なしになされた反面調査に抗議することがあったことは否定できない。

ロ しかし、前記1(三)(3)、(4)の認定のとおり、第一〇回目及び第一一回目の臨場における被告職員の帳簿書類の提示要求は、帳簿書類を一括して提示することを求めるものである。そして、従前の調査経緯から、被告職員が提示を求めている帳簿書類が原告において松見事業所関連の帳簿書類であると予測が可能であったとしても、三〇〇余もの多数の個人商店から構成されている原告企業組合の特殊性を考え併せれば、その提示要求に直ちに応ずることは物理的に困難と認められる。

ハ 更に、第一〇回目及び第一一回目の臨場の時期は、前記1(三)(3)、(4)のとおり、申告のための決算や五月の連休明けでもあり、原告の繁忙期であった。それなのに、被告職員は、原告に事前の連絡なく臨場している〈証拠略〉。また、第一〇回目及び第一一回目の臨場は、五分から一〇分と非常に短時間であり、かつ、第一一回目の臨場の翌日には本件処分がなされている。

ニ 右イないしハの事実を総合すると、原告が被告職員に対し、帳簿書類を結果として提示していないのは、被告の反面調査に抗議することに加え、被告職員の提示要求に直ちに応ずることが物理的に困難であったこともその理由になっていると推認することができる。

したがって、右認定に反する前記証人猪島の各証言をたやすく信用することはできず、被告の前記主張は採用できない。

以上の認定の本件調査の経緯を前提として、争点2を判断する。

2  第一回目から第七回目までの本件調査における原告の帳簿書類の備付け等、不備、不正についての被告の確認の有無

(一) 前記1(事実の認定)によれば、原告は、被告職員の第一回目から第七回目までの本件調査において、被告職員から提示を求められた帳簿書類については、これを提示していることが認められる。そして、猪島は、本件更正処分を推計ではなく、実額で認定した旨を証言している〈証拠略〉。

(二) しかし、他方〈証拠略〉によれば、次の各事実が認められる。

(1) 被告職員が原告職員に対し、必要な帳簿書類を特定して指示する方法が適切さを欠くこともあったため、被告職員において必要と考えていた帳簿書類の全ての提示を受けることができなかった〈証拠略〉。

(2) 被告職員は、結果として帳簿書類の全てを原告から提示を受けることができなかったため、銀行及び取引先の反面調査に移行した。

(3) 被告職員が反面調査で把握した内容を原告の経理等に関する内部規程〈証拠略〉と照合した結果、反面調査で把握した内容のうち右規程に沿わない扱いがなされていると認められる部分があり、売上計上漏れ及び仕入れの架空計上等がなされている可能性があった。そこで、被告は、これらを売上除外、架空仕入れとして認定し、本件更正処分を行った〈証拠略〉。

このように、本件更正処分は一〇〇パーセントの実額課税ではない。このことは、国税不服審判所長の裁決において更正処分額のうち、売上計上漏れの大部分及び仕入れの架空計上金額の一部が帳簿書類に計上済みであるとして取り消されていることからも認められる〈証拠略〉。

(4) 前記2(一)のとおり、猪島を含む被告職員が原告の帳簿書類の内容の一部を一応確認しているとしても、右(1)ないし(3)の事実に照らせば、被告職員は、帳簿書類の記載内容の不備、不正の有無までは確認していないと認められる。

したがって、被告は、第一回目から第七回目までの本件調査において原告の帳簿書類の不備、不正の有無までは確認していないのであるから、猪島を含む被告職員が原告の帳簿書類の内容を一応確認しているとしても、法一二七条一項一号の取消事由(帳簿書類の備付け、記録又は保存がなされていないこと)が存在しなくなったとはいえず、この点に関する原告の主張は採用できない。

3  第八回目から第一一回目までの本件調査における原告の調査拒否、その正当な理由、帳簿書類の備付け等、不備、不正についての被告の確認の有無

(一) 原告の調査拒否

(1) 前記1(事実の認定)によれば、次の各事実が認められる。原告は、第一回目から第七回目までの本件調査においては、被告職員から提示を求められた帳簿書類を提示していたから、被告職員の本件調査を拒否したということはできない。これに対し、第八回目から第一一回目の本件調査においては、原告は、被告職員に対し、結果として帳簿書類を一切提示していない。右のうち、第一〇回目、第一一回目の調査では、被告職員の帳簿書類の提示要求は、帳簿書類を一括して提示することを求めるものであり、三〇〇余という多数の個人商店により構成されている原告企業組合の特殊性を考え併せれば、その提示要求は、直ちに応じることが物理的に困難なことを求めるものとして適切さを欠いていた。

(2) しかし、原告主張のように、被告職員の帳簿書類の提示要求行為が不存在と評価されるような事実は、本件全証拠に照らしても、これを認めるに足りないから、右(1)認定の事実によれば、第八回目以降の調査においては、原告において被告職員の帳簿書類の提示要求に応じなかった事実が認められる。

(二) 調査拒否の正当な理由の有無

(1) 第八回目、第九回目の調査における正当な理由の有無

右(一)、前記1(三)(1)、(2)の認定によれば、第八回目、第九回目の調査において、原告は、被告職員からの帳簿書類の提示要求に対し、被告の行った反面調査に抗議をし、帳簿書類を提示しなかった事実が認められる。そこで、被告に対する反面調査の抗議が、原告の調査拒否の正当な理由に当たるか否かにつき検討する。

法一五三条に規定する税務職員の質問検査権は、諸般の具体的事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合に認められるが、その実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性についての個別的、具体的な告知は法律上一律の要件とされておらず、税務職員の合理的な裁量に委ねられている(前掲最判昭四八・七・一〇、最判昭五八・七・一四税務訴訟資料一三三号三五頁参照)。そうであるから、原告の承諾もなく、事前の連絡もせずに反面調査が行われたとしても、そのことから、被告職員に裁量権の濫用がある等の本件調査を違法とする事情は認められない。

したがって、原告の承諾や事前の通知なく反面調査を行ったこと等の原告主張の事情は、調査を拒否する正当な理由には当たらないと解すべきであるから、第八回目、第九回目の調査において、原告が反面調査があったことを理由として帳簿書類の提示を拒否したことは、正当な理由には当たらないというべきである。

(2) 第一〇回目、第一一回目の調査における正当な理由の有無

イ 被告職員が従前の慣行に反した調査をしたこと

本件全証拠に照らしても、原告主張の被告の調査方法(被告において、必要な帳簿書類を特定、指示して、原、被告間の話し合いで調査を進めていく方法)が、原、被告間において調査慣行化しているとの事実を認めるに足りないから、原告の主張は、その前提において理由がない。

仮に、原告主張のとおり、本件において右調査慣行が認められ、その調査慣行に反した調査がなされたとしても、そもそも、調査方法等の質問検査権の行使方法については、前記(1)のとおり、税務職員の合理的な裁量に委ねられているのであるから、右調査慣行の変更をもって直ちに税務職員の合理的な裁量の範囲を逸脱したものとはいえない。

したがって、従前の調査慣行に反して本件調査をしたとの原告主張の事情は、調査を拒否する正当な理由には当たらないというべきである。

ロ 被告職員が物理的に不可能な帳簿書類の提示を求めたこと

原告が第八回目以降の調査において、被告職員に対し、帳簿書類を提示しなかったのは、被告職員の反面調査に抗議することに加え、前記1(四)(2)ニのとおり、被告職員の提示要求に直ちに応ずることが物理的に困難であったこともその理由になっていると認められる。

そうすると、右(1)のとおり、原告の被告職員の反面調査に対する抗議が帳簿書類を提示しない正当な理由に当たらないとしても、被告職員の提示要求が包括的であり、右要求に応じて帳簿書類を直ちに提示することが物理的に困難であったことを理由に帳簿書類を提示しなかったことは、正当な理由に当たるというべきである。

(三) 第八回目から第一一回目までの本件調査における帳簿書類の備付け等、不備、不正についての被告の確認の有無

(1) 前記1(事実の認定)によれば、次の各事実が認められる。

第一回目から第七回目までの本件調査において、帳簿書類の提示をめぐって原告と被告職員との間にトラブルが生じたのは、被告職員が多数の個人商店から構成される企業組合の特殊性に配慮を欠いて、必要な帳簿書類を十分特定して指示しなかったことに起因する。

第一〇回目、第一一回目の調査の時期は、原告の繁忙期なのに被告職員は、原告に事前の連絡なく臨場しており、その臨場の時間は五分から一〇分と非常に短時間であり、第一一回目の臨場の翌日には本件処分がなされている。

(2) 右事実からすると、本件調査の全過程において、被告職員がもう少し企業組合の特殊性に配慮して本件調査を継続すれば、必要な帳簿書類の全ての提示を受け、また、帳簿書類の備付け等、不備、不正の有無について確認し得たものと推認できる。

(四) まとめ

前記(二)(1)、(2)のとおり、第八回目、第九回目の調査における原告の被告に対する反面調査の抗議、及び第一〇回目、第一一回目の調査における原告主張の従前の調査慣行に反して本件調査をしたとの事情は、調査を拒否する正当な理由には当たらないというべきであるが、第一〇回目、第一一回目の調査において、原告が、被告職員からの全ての帳簿書類の提示要求を拒否したことは、正当な理由に当たる。したがって、第八回目以降の調査のうち、第一〇回目及び第一一回目においては、原告は、被告職員の提示要求を正当な理由なく拒否したとはいえない。

これに、第一回目から第七回目までの本件調査において、原告は、前記1(事実の認定)のとおり、被告職員から提示を求められた帳簿書類については、これを提示していること、及び右(三)のとおり、被告職員は、もう少し企業組合の特殊性に配慮して本件調査を継続すれば、原告の帳簿書類の備付け等、記載内容の不備、不正の有無を確認し得たものと推認できることを総合して考えれば、被告主張の本件処分理由の存在を認めることはできないというべきである。

第四結論

以上のとおり、被告主張の本件処分理由を認めることはできないから、その余の争点を判断するまでもなく、原告の本件処分の取消請求は理由があることになるから、これを認容することとし、本件処分を取り消す。

(裁判官 松尾政行 中村隆次 河村浩)

別紙〈略〉

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